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どら焼きの起源と由来。
こんにちは。
オオゾラナツコです◎

いつもありがとうございます♪


お菓子を見たり、描いたり、食べたりするだけではなく
今日から、お菓子についてのいろいろも書いていこうと思います*

さて、今回のお菓子はこちら。
『どら焼き』

先日、どら焼きを食べていて
なぜ“どら焼き”は“どら焼き”というのか。

とふと気になったので調べてみると、いろんな説があるんだとか。

その前に、まず『どら焼き』とは
皆さんもご存じだと思いますが、
小麦粉に卵、砂糖を混ぜて、丸く焼いた2枚の皮に、
小豆あんをはさんだ和菓子のことです。

蜂蜜を入れてしっかり焼き上げられたしっとりふわふわのカステラ生地。
だいすきです♪



『どら焼き』の起源は諸説あるようなのですが
変わった説としては、

平安末期、武蔵坊弁慶が手傷を負い、武蔵野のある民家で手当てを受け、
そのお礼に小麦粉で水を溶いて、薄くのばしたものを熱した銅鑼に引き、
丸く焼いた生地にあんこを包んで振る舞った。というものがあります。

また、最初の誕生は江戸時代で、もともとは餡をサンドしたものではなく、
きんつばのような1枚の皮に餡をのせ、皮の端を折りたたんだものであった。
というものも。



そして『どら焼き』の由来として、一般的に言われているのが
「丸い円盤の形が“銅鑼(どら)”という打楽器に似ていることから。」という説。

バチで鳴らすと、ばいーーん!(勝手な個人的なイメージの擬音(笑)
ってふるえて音が響いてひろがっていく感じの。あの打楽器です◎
(え? 分かりにくい? (笑)

他にも「鉄板代わりに銅鑼の上で焼いたから」という説も。


いずれにしても、どら焼きの起源や由来ははっきりとは分かっていないようですが
“銅鑼”に関係するものが多いようです。


そのどら焼きが現在のようなカステラ生地で2枚の皮に餡をサンドする形になったのは
大正時代、現在も続く上野の和菓子屋「うさぎや」によって考案され
全国に広まったとされているそうですね。
「うさぎや」さんのどら焼き…食べたいなぁ*


それから別名として、関西方面では、
奈良にある「若草山」山全体が芝生でおおわれており、
三つの笠を重ねたように見えることから
「三笠山」ともいわれる山に見立てて、
『三笠』、『三笠焼き』などと呼ぶことが多いんだそう。

これは、どら焼きについて調べるまで知らなかったです。

呼び方だったり、種類だったり、
調べれば調べるほど、いろんなどら焼きがあるなぁ…と。

改めて、お菓子の奥深さをひしひしと感じつつ。


ちなみに、「どら焼きの日」なんてのもあるそうで*

3月3日の桃の節句と、5月5日の端午の節句に
「はさまれた日」4月4日。ということで定められたそうです。

また、4と4を合わせて、しあわせ。
「みんなで食べて、みんなでしあわせ」という意味も込められているようですよ。

同時に4月4日は「あんぱんの日」でもあるんだとか。
「あんぱんの日」についてはまた書きたいなと思います。

調べたらいろんなお菓子の日がありそうですね〜♪

そういった日にそのお菓子を食べるというのも楽しくていいなぁと思います*



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